行きたいところに行けない

少し前のこと。

長男「今度の日曜、岡山行ってくる。」

私「はあ?話が急すぎない?」

長男「ちょうど部活が休みだから。この先いつ休みでいつ行けるかわからんし。」

私「そうか。じゃあ行ってくれば」

この時正直なところ私はモヤモヤした。
ココは愛媛。岡山まではJRでもバスでも交通費が1万位はかかる。簡単に「岡山行きたい」ってよく言えるな。
自由すぎない?って。

今私は旅行が好き。
乗り物に乗るのもワクワクする。
新幹線も飛行機も大好き。
温泉も好き。いろんな温泉に入ってみたい。
風情のあるステキな旅館に泊まってみたい。
オシャレなホテルにも泊まってみたい。
きれいな景色を自分の目で見たい。
その土地の美味しいものを楽しみたい。

でもなかなか行けない。

お金がないから?➡近距離旅行のお金ならある。

時間がない?  ➡旅行に行くなら仕事も休める。

体力がない?  ➡おかげさまで元気。

パッと見て「行けない理由」が無いの。

でもここに、私が「お母さん」であることが加わると【常識】が邪魔をする。

〇小学生、中学生の息子達の世話はどうするの?
〇旦那さんは仕事してるのに自分だけ旅行なんてありえない。
〇家族をほったらかして自分だけ楽しむなんて。家族みんなで行けばいいのに。

 

これは「お母さんであることの呪い」みたいなもの。誰に言われるわけじゃないけど、自分の中にこういう刷り込み的なものがあって一人で旅行とかは罪悪感を感じる。一方、お父さんが一人で出かけることは昔から許されてる不公平感がある。

 

家族みんなの予定が合うときってなかなか無いのよ。家族全員だと旅費が跳ね上がるのよ。そしてモラハラ夫と旅行しても楽しくないの。旅行の計画段階から私に丸投げして文句タラタラだしね。子どもたちと3人なら楽しいけど、今行くなら一人で行きたい。

 

この正体がよくわからない【常識、罪悪感】にしばられて動けなくなってるんだ。通常運転の家族から離れて一人で楽しみに行くことに罪悪感を持つ必要なんてないはずなのに。お母さんだって行きたいところに行く自由はあるはず。誰かのケアをするために家にいなきゃいけない、なんてことはないはず。

 

息子の何気ない言葉がきっかけで気づいた自分の中の見えない鎖。まずは日帰り旅行から実行してみて鎖をほどいていこうかな。

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