ずっと自分の気持ちに蓋をしてきた

いざ離婚のための別居を決意すると、相手に色々伝えなきゃいけないことがある。すんなり別居に応じてくれる保証はないし離婚調停になったら調停員にもこれまでの事や私の思い、希望などを第三者にもわかりやすく説明する必要がある。

ここで私は途方にくれた。これまでの事を上手く言葉にまとめられないの。頭の中で過去の出来事がグルグルまわって再生されるんだけど言葉にならない、できない。

他の方のツイートやブログを読むとものすごく状況がわかりやすくまとめられていて、私もこんなふうに書けたらなぁと思うもののそう簡単にはいかない。「状況と気持ちを分けてまとめる」って意外と難しいよね?

そこでふと思ったこと。私は小さい頃からまあまあ辛い経験を沢山してきた。なぜかわからないけど知らない子に悪口いわれたり嫌がらせをされたり友達に仲間外れにされたり。誰にも相談できなかった。今思うとあれは普通に「いじめ」だったと思う。でも、【いじめられてる私】なんて恥ずかしい、惨めで情けない人間だと思い込んでた。他の人に私がいじめられているなんて知られたくなかったし、

そもそも私がいじめられているなんて認めたくなかった。そのままの自分を認める勇気がなかったんだ。

イジメはなぜかずっと続いた。進学しても就職しても、それこそ結婚しても。周囲のメンバーは変わってるのに自分が攻撃される状況は変わらなかった。「何でだろう?」といつも思ってた。考えられる原因は①自分がみんなから貶される存在だから。②周りに好かれようとする努力が足りないから。のどちらかしか私の中に答えはなかった。

私、頑張ったよ。困ってる友達には進んで協力したよ。何かお願いごとをされたら自分の事を後回しにしてでもやってあげた。相手がいる事はすべて相手を優先してた。見た目にも気を使ったよ。オシャレしたり美容にも詳しくなって、悩んでる友達の相談にものってあげたり。結婚してからは夫に。私を大事にしてくれて私を選んでくれたから幸せにしてあげたかった。でも、ダメだった。自分で考えられるすべての努力をしてそれでもダメで・・・

もう①しかなくなるよね。自分はみんなからいじめられるようなダメ人間だって結論になっちゃうよね。最後の努力を無下にしたのはもちろんモラ夫。私が自分の意見を主張するたび「頭おかしい」って言われてたしね。私の自尊心は地の底まで落ちてた。

でもまだ「私はいじめられてた、精神DV受けてる」って認めたくなくて。そんな「惨めな自分認定」に耐えられなくて・・

「私がダメだから」「私が○○したから~されたんだ」って一生懸命言い訳を探してた。自分に対して言い訳してた。私はいじめられても仕方ないんだって。でも。

「私はいじめられっ子だったよ(^^♪」

今こそ認めよう。私はいじめられてたって。モラハラされてたって。理不尽な体罰受けて育ってきたよって。

言葉の暴力や体罰で家族にも自分の言葉を封じられてきた。友達にも本音を言うと離れていっちゃうから自ら封じてた。自分の意見を言うことは私にとっては恐怖だった。そしてその恐怖につながる「気持ちを言語化すること」も封じてきた。まとめたところで言えない、無駄なのだから。言えたとしても殴られるかもしれない。だったら自分を守るために思考を言語化するのはやめよう、となっていたんだと今ならわかる。

これから結婚してから今までの事を文章にまとめていく作業に入る。私が精神DV、経済DVを受けたことがしっかり伝わる内容にしたいから「自分がされてきたことを大したことない事にする」そのままの自分を認めない思考が入らないように自分自身を見守りたい。これ以上自分で自分を傷つけないように。

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